唐朝的长安“市长”京兆尹权势很大,出巡时有庞大的仪仗队伍。在最前开路的小吏原为一人,官名叫“喝道伍佰”,他手里拿着一根长竿ー开路人。后来,“喝道伍佰”为二人,但长安群众并没有以两个伍佰称他们,反而说他们是共称伍佰,于是每人就被称为二百五,又因为他们每人手中持一长竿,所以又称他们为“二秆子”。今天,二百五与二秆子都是莽撞、无礼、粗鲁之人的代名词。
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| 訳文 訳者:ホウメイ中国語生徒さん Sen
chuanさん |
「唐の時代の長安の市長は京兆尹(官名)と呼ばれ、その権勢は絶大で、巡視の時には膨大な兵を引き連れていた。隊列の先頭には露払いに小役人が一人いて官名で「喝道伍佰」と言われており、彼は手に長い竿を持って、道の人々を追っ払った。その後「喝道伍佰」は2人に増やされたが、長安の人々は彼らを2人の「伍佰」とは呼ばず、2人セットで「伍佰」と呼んだので、1人では「二百五」と呼んだ。また、彼らは各々手に長い竿を持っていたので“二秆子”とも呼んでいた。現在、“二百五”と“二秆子”は共に無鉄砲で無礼、乱暴な人の代名詞となっている。」 |
また、語源について、このような記述もあります。
『昔、銀500両(500テール?)を「一封」とみなし、従って250は「半封」ということになり、これが「半疯…」(半ばか)と発音が共通することによる。(原文のまま)』。 |